不可解な話

なぞの入り口から

147 :本当にあった怖い名無し:2020/12/07(月) 01:18:18.89 ID:EYZRDlRk0.net[9/33]
小学校の図工専科の教師をしています。
ついこの間、4月の終わりから5月にかけてあったことです。
6年生のねん土の題材に、「なぞの入り口から」というのがあるんですが、
これ、私たち図工教師の間でも、指導が難しい題材って言われてるんです。
だってほら、もし皆さんが、この題名で何か作ってみなさいって言われたら、
どんなものを作りますか? まず発想を得るのがたいへんですよね。
でも、今の図工って、そういう指導の考え方が強くなっているんです。
ねん土だったら、糸ノコで切ったり、丸めたり伸ばしたりする過程で、
自分で作りたいものを思いつくことを重視してるんですね。例えば2年生だと、
「ひみつのグアナコ」という題材がありますが、このグアナコというのは、
どこかにいるかもしれない架空の生き物です。

それを自由に想像して造形していくわけです。低学年の子だとどうしても、
アニメのキャラクターなど、自分のまわりに実際にあるものを作りたがりますよね。
でも、それだとよくないってことで、このような題材が設定されているんです。
あ、専門的な話になってしまってすみません。6年生の2組でした。
まず最初に、全員で「なぞ」ってどんなものがあるか話し合ったんです。
活発なクラスでしたので、いろいろな意見が出ました。
ロールプレイングゲームに関したものがけっこうありましたね。
それから、ねん土を配って作り始めたんですが、その時点では、ねん土をこねながら
考え込んでいる子がだいぶいました。私は子どもたちの間をまわって、
悩んでいる子にはアドバイスしますが、それも具体的なものを示したりはしません。
どうしても発想が浮かばなかったら、ねん土を糸ノコでジグザクに切ってみて、
148 :本当にあった怖い名無し:2020/12/07(月) 01:19:47.84 ID:EYZRDlRk0.net[10/33]
その形から何か思いつかない?みたいな助言をするんです。
それで、A君という男子児童がいまして、昨年度も受け持った子ですが、
あまり図工は得意ではなかったんです。最初はそれなりに意欲を持って取り組むものの、
だんだんうまくできなくなって、途中で投げ出してしまうことが多かったんです。
絵などでも、色つけの途中でやる気をなくしてしまったり。
このA君も、長方形のねん土を前にして考えこんでいましたので、
「思い切って上からねん土マットの上に落としてみたら。それで何か思いつくかも」
こんなふうに話しかけてみました。しばらくして、一人の子が窓の外を指差し、
「あ、火事?」って叫んだんです。見ると、グランドの向こうは
まばらな林になってるんですが、その上に一筋黒い煙が上がり始めており、
すぐ、サイレンの音が聞こえてきました。

でも、そのあたりまではグランドをはさんで数百mありましたので、
学校に危険がおよぶとは思えませんでした。校内放送が入りまして、
「特に学校に危険はないと思われますので、落ち着いて授業を続けてください。
放送のスイッチは切らないでいてください」教頭先生のアナウンスがありました。
そうは言ってもやっぱり小学生ですから、その時間は授業にはなりませんでした。
窓の外を見て手が止まってる子が多かったんです。これはしかたないと思い、
特に注意することもしませんでしたが、その中で、一番先に窓にかけ寄るようなA君が、
黙々とねん土に打ち込んでいたので、少し意外に思いました。
やがて20分ほどで煙はおさまり、後で職員室で聞いたところでは、
林の中にある神社でボヤが出が、少し焼けただけだったということだったんです。
図工の授業は2時間続きでしたので、休み時間をはさんで再開。
149 :本当にあった怖い名無し:2020/12/07(月) 01:20:58.39 ID:EYZRDlRk0.net[11/33]
そのときには、ほとんどの子が落ち着き、テーマを見つけて造形を始めていました。
「入り口」という言葉から触発されたものでしょう。ねん土に穴をあけて、
壺や洞窟のような形にしている子が多かったです。ところがA君は違っていまして、
作っているのは、一口でいうとゴーヤのような形。微妙な曲線をえがいた
ナマコのような形に、たくさんツブツブがついたものだったんです。
私が、「へええ、面白いわね。これのどのあたりがなぞなの?」と聞いてみますと、
「さっき火事だって騒いだときに急に思いついた。これ、カギだよ」って答えたんです。
「カギって?」 「なぞを開けるカギ」でも、鍵にはまったく見えませんでした。
むしろ前にお話したグアナコみたいな生物に近いものです。
すごく不気味な感じがして迫力があり、ああ、A君は造形の才能があるな、
私は評価する目がなかったなあ、って思ったんです。

イボのような突起のそれぞれ高さの違う配置も、まるで生き物のようでしたが、
図工室の中には参考にできるようなものはなかったはずです。
その時間が終わって、制作途中の作品は並べて学年ごとの棚にしまったんですが、
A君のだけが異彩を放っていました。それで、こんなことを言ってはなんなのですが、
私はそれが怖い気がしたんです。理由はちょっと説明できません。
今回は紙ねん土ではないので、色つけはしませんが、
もしこれに色がついたらと考えたら、背筋がゾクゾクっとなったんです。
ですからなるべく奥に、他の作品に隠れて見えないような形でしまいました。
翌週になって授業再開。前の1時間で完成させ、残りの1時間で、
どの部分が「なぞ」を表すのかを一人ずつ自分の作品を持って説明する予定でした。
それから、前の週の神社の火災は、半焼までもいかなかったものの、
150 :本当にあった怖い名無し:2020/12/07(月) 01:22:07.99 ID:EYZRDlRk0.net[12/33]
燃えたのはロウソクを灯す拝殿ではなく、ご神体のある本殿だったようです。
でも、そこには火の気はないので、警察では、
放火の可能性も考慮して捜査しているという話を他の先生方からお聞きしました。
しまっていた作品を出してみると、他のはなんでもないのに、
A君のだけは表面が荒れてひび割れが縦横に走っていました。今のねん土は、
いくら乾いてもそういうふうにならない素材なんですけど。
A君はひったくるように自分のを取り、すごい集中力で、
ヘラや竹串を押しつけていました。近寄ってみると、表面のひび割れはそのままで、
かえって不気味さを増していました。A君はナマコの先にあたる部分をヘラでこじり、
幾層にも重なった口?を作っていました。プロの芸術家みたいというか、
何かにとりつかれているように見え、話しかけることができなかったんです。

やがて残り10分となり、完成していない子も何人かいましたが、
次の時間にみんなに紹介するので、説明を考えておくようにと言いました。
そのときにも、A君はずっと口の部分を串で彫りつけていたんです。
その日の最後の時間です。順番を決めて一人ずつ前に出て説明を始めましたが、
かなり苦しんでいる子が多かったです。最初にお話しましたように、
この題材は大人でも難しいんです。だって、説明のしようがないから「なぞ」
ってことですよね。言葉にすることで、頭の中のイメージを具体化させるといっても、
これは小学生にはかなりきびしい課題です。
ただ、説明のよしあしは評価には含まないことにはしていました。
それぞれの子が、たどたどしいながらも自分の言葉で作品の解説をしましたが、
ほとんどの子が最後に、「難しかったです」とつけ加えていました。
151 :本当にあった怖い名無し:2020/12/07(月) 01:23:26.43 ID:EYZRDlRk0.net[13/33]
それで、わりと早い順番でA君の番になったんです。
A君はこういう場ではいつもにやけるんですが、そのときは口をへの字に結んで、
おごそかと言えるような顔つきをしていました。ねん土マットごと、
教卓の上に「なぞの鍵?」を上げると、ザワザワしていた図工室が
急に静かになりました。A君が甲高い声で、
「これはなぞを開けるカギです。神様のお告げで作りました」こう言っても、
ふだんと違ってだれも笑いません。A君が手でマットから作品を持ち上げると、
まだ柔らかく、ぐにゃんと垂れるはずなのに、手のひらの上で魚のように跳ねた、
そう見えたんです。ええ・・・幻覚だと思いたいんですが。
「これを入れて回すと開きます」 A君がしぼり出すように言い、
空中で回すしぐさをしたとき、ビーンという大きな音がしたと思いました。

そうですね、ギターの一番低音の弦を強くつまんで離したような音。
同時に、目の前の空間がゆがんだように感じたんです。うまく表現できないですが、
図工室の中がゼリーで埋まっていて、それを横から平手で叩いたような感じとでも。
理解していただけますでしょうか。そのときに「ああ、開いてしまう」って思ったんです。
何が?と聞かれても答えられないんですが、とにかく「開く」って。
開けばすべてがダメになることも、そのときわかったんです。
知らず知らず体が動いていました。私はA君に走り寄って作品を持っていた手をつかみ、
強く揺さぶると「なぞの鍵」は下に落ち、バシャッと形を崩して液体になったんです。
これもありえないことです。A君はその場に尻もちをつき小刻みに震えていました。
保健室に連れていき、2時間ほど休むと平常に戻りました。放課後に私のところに来て、
「先生あのとき、あれ壊してくれてよかった」こう言って帰っていったんです。

おわり

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