531 :ふたくちをんな 1/3:02/03/23 17:14
真白な部屋の中。少女は椅子にチョコンと腰掛けています。
少女が腰掛けている椅子以外に家具らしい家具のない部屋は
時々明滅する蛍光灯の明かりに反映されてイヤに寒々しいけれど。
少女はまるでそんな事を気にする様子もなくニコニコ笑いながら
椅子に腰掛けています。
低い声が、少女に話しかけます。
「二口女、の話を。聞いたこと、あります、か?」
「二口女?」
「文字通り、二つ、口がある女です、頭の上にもう一つ。口がある」
「喰わず女房ですか?」
「そう、それも。二口女。喰わず女房は、山姥です。」
「山姥?」
「山姥。山姥は幾らでも食べます、ヒトも、牛も、馬も。
何人でも、何頭でもペロリペロリ。呑み込むんです。
河の流れ、を。飲み干すことも。けれども山姥、その反対でもあります。
山姥、殺された、ときソノ死体は変わるんです、宝物とか農作物とか。」
「それは、どう云うことです?」
「産みの、概念と死の、概念を。併せ持ってるんです、女としての。
母としての。つまり。イザナミです。」
「イザナミ?」
「最初の男女、の女の方です、日本神話で云うトコロの。
イザナミは生みました、沢山の神々。
ウッカリ火の、神さんを生ん、で火傷して死ん、でしまう間際にも
沢山沢山、生みました、神さん。死ん、だイザナミ、は黄泉にあって死の、
女神になりました、怖ろしい。」
「それが二口女ですか?」
「そう、とも云えます。けれど。」
「けれど?」
「本が、あります、絵本百物語いう本。妖怪の本です。
その中の、項目にあります、二口女。」
533 :ふたくちをんな 2/3:02/03/23 17:16
短く途切れ途切れの口調だった低い声は、流れるようにそらんじます。
「まま子を憎みて食物をあたえずして殺しければ、継母の子産まれしより
首筋の上にも口ありて食をくはんといふを髪のはし蛇となりて食物をあたへ、
また何日もあたへずなどしてくるしめけるとなん。
おそれつつしむべきべきはまま母のそねみなり」
「どういう意味ですか?」
「昔、いました、継母。血の繋がらぬ子を疎ましく思い。
食事を与えず飢え死にさせたのです。その四十九日後。
継母、頭に大怪我します。その傷口は癒えることなく。
肉、盛り上がって舌のよう、骨が出て歯のよう、
まるで頭に口がもう一つあるようです。その傷は痛くて痛くて。
食物いれると何でか痛みが和らいだのです。
頭の口からヒソヒソ物言う声が聞こえるのです
『自分の心得違いから血の繋がらぬ子を殺してしまった、
間違いだった、間違いだった』と。」
「それが、二口女、ですか?」
「そう。罪の告発者としての。二つ目の口が現れた、のです。」
「なぜ、そんな話を私、にするんです?」
534 :ふたくちをんな 3/3:02/03/23 17:17
「忘れているから、です、アナタが。従兄を突き落としたでしょう、階段の上からです。アナタは、軽い気持で、少し巫山戯ていただけなんでしょう、けれども。従兄は死んでしまった」
「そんな、死んでなんか、いません。殺して、なんかいません。現に、その従兄は生きていて、話しています、私と、今、お兄ちゃんは。」
「従兄は階段のテッペンに腰掛けてハーモニカを吹いていました。アナタはその従兄の背後にソッと近寄って、トンと背中を押したんでしょう?そんなに力を込めていなかったにも関わらず、従兄の身体は階段を転がり落ちて」
「お兄ちゃん、止めて、」
「従兄の首は、不自然に折れ曲がっていた。アナタの目には従兄の右手に握られたハーモニカの銀色が焼き付いているのだねぇ」
「やめてったら。もう、やめてよぅ」
少女は椅子に腰掛けたまま両手で顔を覆い、シクシクと泣き出しました。
か細い声と、低い声とを使い分け、ブツリブツリと独り言を繰り返す少女。
その様子をガラス越しに見つめているのは、少女の母親と医師。