523 :フェイント:02/03/23 16:29
男が山の中で道に迷ってしまった。
遭難、という程大袈裟ではない。暗くさえなければなんとかなりそうなのだが、
いかんせん暗すぎる。どっちに進めばいいのやらわからない。
当てずっぽうに歩き回ってみると、目の前に明かりが見えた。
近づいてみると、それは民家だった。
男はドアをノックした。
不気味な老婆が顔を出した。
男はかなり不気味なものを感じたのだが、これ以上暗闇をウロウロするのはもっと嫌だった。
だから、老婆に事情を説明し、明るくなるまで居させて欲しいとお願いした。
老婆は快く承諾してくれた。
外見とは裏腹、とても親切な人だった。
あり合わせのものではあるが料理まで作ってくれて、ニコニコしながら会話を求めてきた。
老婆はよくしゃべった。ほとんどが自分の息子のことだった。
そして男に、まるで息子が帰ってきてくれたようだと言った。
老婆は微笑んでいたが、同時に目には涙を溜めていた。
男はずいぶん歩いて眠かったのだが、自分を家に入れてくれた老婆をないがしろにはできず、
それ以上に、なにか彼女に親愛の情を感じてもいたので、夜中会話に付き合っていた。
やがて夜が明けた。男は、そろそろ行かなければと伝えた。
老婆はちょっと寂しそうな顔を見せたが、玄関まで男を案内した。
丁重にお礼を述べ、男は家を後にした。
少し進むと、1人の農夫らしき男とすれ違った。
「あんた、こんなところで何を?」農夫は言った。
男は事情を説明した。道に迷ったこと、あそこの民家でお世話になったこと。
「民家だと?」農夫は驚愕した。「どこに民家があるというのだね?
あんた、今自分が歩いてきた方向を見てみい!」
「は?」
男は愕然とした。瞬時の内に全てを悟った。
きっと自分の背後には、墓場が広がっているのだ.....
「さあ見ろ!」農夫は言う。
おそるおそる男は振り返った......。
しかしそこには、自分がさっきまでいた民家が平然と立っていた。まだ老婆の姿も小さく見える。
「な、なんだ、脅かさないでくださいよ。私はてっきり....」
そう言いながら農夫の方に向き直すと、農夫の姿はなくただ墓場が広がっていた。