1 :名無し百物語:2019/08/17(土) 06:16:39.58 ID:Pg36qsM1.net[1/103]
創作の骨董屋を主人公にした話を書いていきます
2 :名無し百物語:2019/08/17(土) 06:19:51.36 ID:Pg36qsM1.net[2/103]
食いたい鋺の話
じゃあ話をさせてもらいますよ。わたしね、昔は骨董屋をやってて、
店を持ってたんです。今はいろいろあってやめちゃいましたけどね。
ほら、骨董って曰く因縁がかぶさってる物が多いでしょ。
だから、なかなか商売を長く続けるのが難しいんです。
いろいろと障りが出てきて。え? 長年やってる人を知ってるって。
まあねえ、そういう人はまっとうな商売をしてるんですよ。
危険な物にいっさい手を出さないっていう。
お前は違ったのかって? ああ、はい。私が骨董に関わったのは、
戦後の混乱期なんです。あのころはもう、何でもありで。
闇市、闇米、密造酒・・・食ってくためにはしかたなかったんです。
でね、骨董の世界では稼ぎどきでもあったんですよ。
3 :名無し百物語:2019/08/17(土) 06:21:09.71 ID:Pg36qsM1.net[3/103]
ほら、田舎の旧家なんかがたち行かなくなって、先祖代々のお宝を売りに出す。
それを私らが二束三文で買いつける。ええ、ほんらいの値打ちの百分の一も
いかない値段でね。それで、さっき、まっとうな商売って言いましたが、
じゃあ、まっとうでない商売ってのはどういうもんかというと、
2つあるんです。ひとつは、明らかに障りのある品物を扱うこと。
ええ、ええ、それを持ってれば不幸になるってやつです。
これはね、いろいろあるんです。いかにも人の血を吸っていそうな脇差とかも
あれば、見た目はなんでもないような茶器とかもあります。
障りのあるものを、どうやって見分けるかって?
それはね、勘というしかないですね。骨董屋って、昔は、
何代も続けて同じ商売をやってる場合が多かったんですよ。
4 :名無し百物語:2019/08/17(土) 06:21:42.39 ID:Pg36qsM1.net[4/103]
だから、子どものころから古物に囲まれて育って、そこで、
これはいいもの、これはよくないものっていう勘が自然に養われる。
よくない物の2つ目は、盗品や盗掘品です。
お寺の仏像が盗まれたとか、今でもときおり話を聞くでしょ。
あと、これはさすがに今はないけど、古墳を勝手に掘っかえして出てきたもの。
でね、この2つは重なってることが多いんです。
ああ、なかなか話が前に進みませんね。ある夜です。
店番をしてて、そろそろ閉めようかってときに、若い男が2人、
風呂敷に包んだ古物を売りに来ました。どっちも人相がよくないやつらで、
ひと目でまっとうな人間じゃないってわかりました。
いや、そんなことはおくびにも出さず品物をみせてもらいましたよ。
5 :名無し百物語:2019/08/17(土) 06:22:14.61 ID:Pg36qsM1.net[5/103]
まず、銅の鏡。それから鉄刀ですね。どっちも錆だらけでしたが、
鏡のほうは売り物になりそうでした。あと、6~7世紀の土器も何個かあったんですが、
これは売り物にはならない。それとね、銅の鋺(かなまり)です。
この品揃えで、古墳の盗掘品ってわからなけりゃモグリですよ。
よっぽど買い取りを断ろうかとも思ったんですが、
そいつらに暴れられても嫌ですからね。ごく安い値を言ってみたんです。
そしたら、そいつら顔を見合わせてましたが、「それでいいから、置いてく」
って言ったんです。金を受け取ると逃げるようにいなくなりました。
でね、問題はその銅の鋺だったんです。今ね、銅の鋺っていったら、
仏具しかないですよね。けど、古墳時代だと、貴人が食器に使ってた場合が多いんです。
だからそれも、故人が日常使用してたものとして、古墳に副葬したんでしょう。
6 :名無し百物語:2019/08/17(土) 06:22:46.49 ID:Pg36qsM1.net[6/103]
持ってみるとずっしりと重く、錆がほとんどありませんでした。
色は黒ずんでましたが、少し磨いたらねっとりとした黄色い光を放って。
でもね、そのとき「ああ、これはよくない」って私の勘がささやいたんです。
でも、買い取った以上、売り物です。店の目立つところに飾って、
早めに売ってしまえばいいと思いました。でね、陳列棚じゃなく、
小ぶりのガラスケースに入れて店頭に置いたんです。
いや、売れませんでしたね。お客さんはみな関心を持つんです。
いわれを聞いたり、値段を尋ねたり。でも、値は安くしてあるのに買わない。
この世界は、客のほうも半玄人みたいな人ばかりだから、やっぱりわかるんでしょうねえ。
でね、鋺を置いて3日目でした。朝に売り物を見て回ってたときに、
鋺の中に、ころんと黒いものがあったんです。
7 :名無し百物語:2019/08/17(土) 06:23:09.45 ID:Pg36qsM1.net[7/103]
「ん、何だ?」と思ってケースに顔を近づけてみると、コガネ虫の頭。
胴体はかじりとられたようになくなった頭だけです。
もちろん鋺を取り出して表に捨てました。・・・このときはまだねえ、
そんなに不思議には思わなかったんです。ガラスケースと言っても、
すき間はありましたからね。何かの具合で入り込んだんだろう。
それくらいにしか考えなかったんですが・・・それから3日後くらいですね。
夜中に、店のほうでガタガタ音がしたんです。でも、戸締まりはしっかりしてましたし、
ネズミだろうって思いました。昔は蝿も蚊もネズミも、どこの家にもたくさんいましてねえ。
今の人はわからないでしょうが、ネズミ捕りでつかまえたネズミを、
ドブに沈めて殺したりしてましたからねえ。でも、骨董屋ですし、
ネズミが食べるものなんてない。そう思って寝直しました。
8 :名無し百物語:2019/08/17(土) 06:23:31.11 ID:Pg36qsM1.net[8/103]
翌朝、店に出ると、あの鋺のガラスケースの全面が赤黒く染まってまして。
血じゃないかと思いました。調べるとガラスの内側に飛び散ってて、
鋺の中には、大きなネズミの頭があったんです。
これはさすがに、おかしいと思うでしょ。すき間があるとしても、
ネズミが入ることはありえない。まして頭だけになるなんてね。
で、店の中を探しても胴体はなかったんです。そのときにふと、「鋺が食った」という
考えが頭に浮かびました。まあ、そんなことがあるはずはないんですが。
ガラスの血は拭きとって、ありえない飾り方ですが、
鋺をひっくり返して、底が見えるように置いたんです。それから、相変わらず鋺に
買い手はつきませんでしたが、おかしなことはなくなったんです。
ただ・・・あるとき、お客さん来てたんですが、その人が、
9 :名無し百物語:2019/08/17(土) 06:23:55.06 ID:Pg36qsM1.net[9/103]
「さっき、店に立派な装束を着た、昔のお公家さんみたいな人が入ってったが、
あれ何だい?」って聞いたんです。「いやいや、そんな人は来てませんよ」
そう答えるしかなかったです。その夜です。夢を見ました。
お客の話に出てた貴人なのかもしれませんが、それが暗い中に座っていて、
「食いたい、食いたい、もっと食いたい」ってつぶやくんです。
顔は面長で、時代劇に出てくるように眉を剃ってましたが、その額のとこから
ぼこっとネズミが頭を出したんです。ネズミは「チイチイ」と鳴き、
それに貴人の「食いたい」の声が重なって・・・そこで目が覚めました。
心臓が動悸を打ってましたが、怖いというより気がかりな夢で、
電灯をつけて店に行ったら、あの鋺がケースからなくなってたんです。
ええ、どこにも見あたりませんでした。
10 :名無し百物語:2019/08/17(土) 06:24:21.95 ID:Pg36qsM1.net[10/103]
でも、鋺がないのを見て、なんだかほっとしたのを覚えてます。
大間違いでしたけども。でね、当時、うちには8歳の息子がいたんです。
「腹減った」って言うのが口癖の。まあ、どこの子どももそうでしたけどね。
戦時中、終戦直後よりはいくらか食糧事情はよくなってましたが、
食べるもののない時代で、金があったとしても、食品そのものがないんです。
その子が、めずらしく夕食を残しまして、「腹が痛え」って言うんです。
さわってみると、蛙みたいに胃のあたりがふくれてました。
「何か食ったのか?」 「なんも」それで、いつまでも治らないようなら医者に
連れてくしかないと思ったんですが、しばらくして「寝る」って言いまして。
「腹は?」 「よくなった」で、その夜のことです。
寝ていると、ガチャンと店で何かが割れる音がしました。
11 :名無し百物語:2019/08/17(土) 06:24:47.57 ID:Pg36qsM1.net[11/103]
「あ、売り物が落ちたか」そう思って見に行くと、表のガラスが割れて
戸が開いてたんです。「!?」すぐ外に出ました。当時は商店街でも街灯は少なくて、
暗い中にしゃがみ込んでいる影がったんです。影は「うまし、うまし」って
言いながら、側溝に顔を近づけてて。子ども・・・息子?
「お前か? 何してる」襟首をつかんでこちらを向かせると、
顔のまわりが黒くなってたんです。手からカランと何かが落ちました。
息子は「食いたい、もっと食いたい」そう言ってて、明るいところに連れてきて見ると、
顔についてるのは泥、鋺の中にも泥。側溝の中をすくって口に流し込んでたんです。
すぐ医者に連れてきましたが、疫痢になって3ヶ月入院しましたよ。
鋺は、その日のうち市場に出しました。・・・ただねえ、あれから数十年たった今も、
噂を聞くんです。障りの強い鋺が出回ってて、何人も死んでるって話を。