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骨董屋シリーズ7 吊る掛け軸の話

63 :名無し百物語:2019/08/17(土) 07:36:44.20 ID:Pg36qsM1.net[63/103]
吊る掛け軸の話

どうも今晩は。また来てしまいました。こちらに何度かおじゃまさせて
いただいたことのある、引退した骨董屋です。はい、また、たちのよくない
古物とかかわってしまいました。それが、今回のはかなりの難物なんです。
何十人も人が死んでいますし、そのうち一人はわたしの責任です。それで、
ここにいるみなさんのお知恵を拝借したいと思いまして。1ヶ月ほど前の話です。
ほら、わたしはもう引退したので、店も売り物もすべて手放してしまったんですが、
鑑定だけはまだ細々とやってるんです。老後の小遣い稼ぎということもありますし、
何よりもね、やはり古物からは離れられないんですよ。
それに、ときとして思わぬ眼福にあずかることもありますから。
あ、すみません、いらない話ですね。夕刻、わたしの家に来られたのは、
40代ほどに見える男性でした。地元の大手建築会社で部長をされておられる

64 :名無し百物語:2019/08/17(土) 07:37:01.89 ID:Pg36qsM1.net[64/103]
ということで、たいそうお金のかかったスーツを着ておられました。
それで、一幅の掛け軸を持参しておられたんです。わたしのことは、
取引先の方からお聞きになられたそうです。上がっていただいて、
まずはその掛け軸を拝見したんですが、何とも言いようのないものでした。
桐箱から出してみると、表装はお金がかかっていましたが、ごく新しいものです。
まあこれは本紙、つまり書画の部分だけが年代物ということは普通にあります。
ところがです、巻いてあったのを開いてみると、その絵は・・・木炭で描かれた
細密画だったんです。木炭画はご存知でしょう。写真のように描くことができます。
つまり現代の洋画ってことです。普通は洋画を掛け軸になんかしないでしょう。
どんなに古く見積もっても明治後半以降で、美術品とは言えても、
骨董とは言い難いものです。それと絵柄がまた奇妙で。

65 :名無し百物語:2019/08/17(土) 07:37:24.38 ID:Pg36qsM1.net[65/103]
和室の内部を描いたものでしたが、畳一枚ほどの空間を隔てて床の間がある。
かなりお金のかかった造作です。で、その床の間には品のいい翡翠の香炉が
置いてあって、その後ろに一幅の掛け軸がかかっている。
でね、その絵の中の掛け軸にも、やはり同じ床の間の絵が・・・
これは、と思って天眼鏡を出してみました。すると、その中にもまた掛け軸が。
あの、合せ鏡ってご存知ですよね。鏡を2枚、角度をつけて向かい合わせると、
どこまでもずっと鏡が続いてるように映る。あんな感じです。
ただまあ、鏡の場合は光のとどく力の限界がありますから、どこかで
見えなくなってしまうんです。ましてね、人間が描いたものなら、
いくら細密でもすぐに見えなくなるはずです。それが、どこまでも続いてるように
見えるんですよ。ありえないことでしょう。

66 :名無し百物語:2019/08/17(土) 07:37:44.23 ID:Pg36qsM1.net[66/103]
その絵には、サインも落款も一切なし。「これは、どういうものですか」
わたしが尋ねると、その方は「いや、先月亡くなった親父の和室にあったんです。
親父は70代ですが、現役で建設会社の社長をやっておりました。
それが・・・まあ、知ってる人は知ってるので言ってしまいますが、
自殺だったんです。鴨居で首をくくって。もちろん警察の捜査が入りましたが、
自殺で間違いないということでした。遺書はなかったです。けど、
そもそもね、自殺する動機が思いあたりません。会社の経営は順調ですし、
私生活でも悩んでる様子はなかったんです。翌日、早朝からゴルフの予定が
あって、母に支度をさせてたんです。それが、その夜に一人で
和室にこもって、翌朝母が見にいくとぶらさがってた・・・」
「その和室にあったのが、この掛け軸ということですね」

67 :名無し百物語:2019/08/17(土) 07:38:04.14 ID:Pg36qsM1.net[67/103]
「そうです。でも、このせいで親父が死んだなんて、そのときは誰も考えて
ませんでした。それでね、この1ヶ月、お恥ずかしい話ですが遺産相続で
揉めてたんです。結局、兄が会社を継ぐことになりまして、
形見分けのときに、この掛け軸をもらっていったんです」
「ははあ、お父様は他にも骨董を集めてたりとか」 「いえ、そんな趣味はなく、
家にある掛け軸もこれだけです」 「どうやって手に入ったかおわかりですか」
「母の話だと、自殺の3日ほど前に宅配で送られてきたということです」
「それ、送り主は」 「いや、親父は見たでしょうが、包み紙なんかも
捨ててしまってわかりません」 「うーん、じゃあ、お父様の死と、
この掛け軸の関係を疑ったのはどうして」 「それが、気に入ったと言って、
掛け軸を持っていった兄が、3日前に自殺したんです。

68 :名無し百物語:2019/08/17(土) 07:38:23.76 ID:Pg36qsM1.net[68/103]
やはり首吊りで。その現場、兄の家には私も行きましたが、その部屋の
床の間にあったのがこの掛け軸・・・。兄もね、親父と同じで死ぬほどの
動機なんてないんですよ」 「やはり遺書もなしで」 「はい」
「わかりました。この掛け軸、数日預からせてもらっていいですかね」
「差し上げてもかまいません。この掛け軸のせいではないのかもしれませんが、
持っていたくないんです」 というわけで、手元に置くことになったんです。
いえ、わたしのところは、妻はもう亡くなって、子どもたちは別の県で
仕事についてますから、誰にも迷惑はかかりません・・・
そのときはそう思ったんです。でね、家の二階の和室に飾りまして、
夜、ずっと起きて掛け軸を見ていたんです。え、怖くなかったかって?
いえ、もうわたしも年ですし、不可思議なものを見ることができるなら

69 :名無し百物語:2019/08/17(土) 07:38:41.05 ID:Pg36qsM1.net[69/103]
それはむしろ楽しみに近いつもりでした。でね、1日目の夜は何もなし。
あとね、日中は少しその掛け軸のことも調べてみたんです。まずは昔の
仕事仲間に電話をかけました。洋画の木炭画の掛け軸の噂を知ってるかって。
でも、何の手がかりもなし。ネットでも調べました。こう見えても
パソコンはできます。けどそれも無駄骨でしたね。絵に、これといった
特徴がないんです。まるで写真をトレースしたような正確な絵で、
作者の姿が見えない。2日目の夜です。やはり朝方まで何も起こらず、
もう寝ようかとしたとき、絵の中で何かがサッと動いた気がしたんです。
いや、画面を右から左に揺れるように大きなものが横切って、一瞬でしたので
はっきりしませんでしたが、人間の体のようにも思えました。
それ1回きり。あとね、そのときだけ、強いお香の匂いがしたんです。

70 :名無し百物語:2019/08/17(土) 07:39:00.23 ID:Pg36qsM1.net[70/103]
白檀ですね。おそらくは絵の中にある香炉からのものなんでしょう。
で、3日目の夜です。ほら、相談者のお父様は、掛け軸が来てから
3日目に亡くなったって話だったでしょう。ですからきっと何かがあるだろうと。
その晩は、眠ってしまわないようコーヒーなどもずいぶん飲んでたんですが、
掛け軸の前に座って、午前2時ころですね、やはり同じ強いお香の匂いがして、
ふっと気が遠くなってしまった。気がつくと和室に倒れてたんです。
絵の中の和室ですよ。床の間があって香炉と掛け軸があって・・・
わたしの頭のすぐ上に人がぶら下がってました。浴衣を着た壮年の男性で、
頭を垂れ口から赤い泡を吹いてて、ひと目で死んでいるとわかりました。
・・・面識がないんですが、家に来られた相談者の兄さんなのではないかと
思ったんです。立ち上がると、畳の感触がしっかり足の裏にあり、

71 :名無し百物語:2019/08/17(土) 07:39:19.06 ID:Pg36qsM1.net[71/103]
とうてい夢とは思えませんでした。なるべく首吊りを見ないようにして、
床の間に近づいていきました。お香の匂いがいっそう強まり、
掛け軸を見たとき、目の前がぐにゃんとゆがみ、私は肩から畳に倒れました。
はい、同じ和室・・・なんですが、違っていたのは鴨居からぶら下がっている人物。
老人で、最初に首を吊った社長なんでしょう。やはり下を向いて、
足は畳に届かずぶらぶら、片方の目玉が飛び出しかけていました。
・・・これが何度くり返されたでしょうかね。10回ではきかないでしょう。
わたしは掛け軸の中の掛け軸の中、奥の奥へとどんどん入り込んでいったんです。
そのすべての部屋で、首を吊った人がいました。年齢は様々でしたが、
みな男性でしたね。え、どうやって戻ってこれたかって?
いや、十何回目かのときにね、床の間の香炉を蹴り倒したんですよ。

72 :名無し百物語:2019/08/17(土) 07:39:38.15 ID:Pg36qsM1.net[72/103]
気がついたら自分の部屋に戻っていました。ただね・・・危ないところだったんで
しょうねえ。わたし、手にネクタイを持ってたんですよ。仕事を引退してから、
もう何年もネクタイなんてしめる機会はなかったんですが。
それでね、詳細はまったくわからないながらも、これは到底わたしの手に負えるもの
ではないと考えまして。知り合いのお寺さんに持っていったんです。
ええ、これまでも何度か、いわくつきの古物を供養していただいてたんです。
だから今回も大丈夫かと思ったんですが、安易でした。ご住職はこころよく引き受けて
くださったんですが、その夜にお寺が小火を出したんです。ご家族は無事で、
亡くなったのはご住職だけでした。体に火傷はなく、煙による窒息死ということです。
でも、燃えたのは外の護摩壇だったんですよ。掛け軸はお寺のどこにも
見つからなかったんです。燃えてしまったならいいんですが、そうでないとしたら。

http://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/kaidan/1565990199/

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