647 :ムササビ ◆oHOLJw9E :02/04/21 01:50
地方公務員の鈴木敏夫さんの趣味は磯釣りで、週末はほとんどどこかの磯へ出かけていました。梅雨明けに山陰のほうまで出かけた時のことです。
明け方から釣り始めてある程度の釣果があり、そろそろ竿をたたもうかと思っていた鈴木さんは、いきなり「ガツン」と竿がしなったので少々慌てました。
「これは魚の引きじゃない、ゴミでも引っ掛けたか?」
そう思った鈴木さんは糸を切らないようにゆっくりとリールを巻いていきました。濃い青色の水の中からやがてゆらゆら揺れる赤と白の大きなものが姿を現しました。そしてそれは次第に形がはっきりしてきました。
「ひ、人だあ!」
驚いた鈴木さんは足を磯に取られそうになり、バランスを崩して糸を切ってしまいました。
赤い着物に身を包んだ真っ白な体は恨めしそうな顔を鈴木さんに向けて、ゆっくりとまた沈んで行きました。
土地勘のない鈴木さんは磯から一番近い家へ飛び込み、事情を話して警察に場所を説明してくれるよう頼みました。
「25歳くらいの女性です。自殺ではないでしょうか」
興奮状態でしゃべる鈴木さんを前にしても家の主の老人は冷静でした。
「後は任せてあなたは立ち去りなさい。警察は事情を分かっておるよ」
「どうゆうことですか、何か知っているんですか!」
「あそこは潮の流れの関係で死体は上がらん、上がるとすれば反対側の岬じゃ」
鈴木さんの納得できないという顔を見た老人はため息をつき、声のトーンを下げて続けました。
「前に5歳くらいの女の子を連れた釣り人がここの磯に来てな。
ちょっと目を離した隙に女の子がいなくなっての。磯に落ちたんじゃろて。結局死体は上がらなんだ。あまりの悲しさに、釣り人も後を追って心中してな。かえって子供は成仏できずに波間を漂っているという話じゃ」
「僕が見たのは25歳くらいの女性ですよ。関係ないじゃないですか!」
「あれから20年経てば25歳やろ。かわいそうに今でも時々釣り糸につかまって引っ張り上げてもらおうとするんじゃよ」
鈴木さんはあの女性の恨めしそうな顔が忘れられないと言います。